41話 小学校の思い出 2

校舎群以外には、
校長室・職員室・放送室・印刷室・用務員室などが入る木造平家の本館、明治期建築と思しき60畳の木造家庭科室1棟、図書室・理科室・理科準備室棟、これと繋がった給食準備棟、2階建プレハブの部活棟兼体育器具庫がありました。家庭科室の押し入れに、石炭を入れて使うアイロンを見つけて驚いたものです。因みに、家庭科室にはガス配管がないので、調理実習は理科室で行ってました。

理科室については思い入れが強いので、のちにじっくりと語らせていただきたいです。


また、ワタクシが通学していた時には、体育館は無く、代わりに講堂という、大正時代建築の劇場みたいな建物がありました。大きな教会みたいな板張りの建物で、木製の長椅子が数十脚並んでおり、2階後方に固定客席約40。雨天時に体育の授業の際、長椅子を皆で後方に積み上げて場を作っておりました。

40話 小学校の思い出

ワタクシが小学生の頃は、愛知県の知多半島に住んでいて、そこそこな規模の地方都市にある学校に片道2キロを、毎日徒歩で通っておりました。
時は1970年代。その小学校は、1学級45人前後、これが各学年8つ、それが1から6年生まであるから、全校児童数2200人くらいいました。
敷地面積も広大で、1年生の木造平家校舎は昭和戦前期建築で2棟、2-3年生の鉄筋コンクリート4階建て校舎は昭和40年代建築で2棟、4-5年生の木造2階建校舎は大正時代建築で2棟、6年生の鉄筋コンクリート4階建校舎1棟は、図書館・理科室・音楽室・視聴覚室併設で昭和40年代建築でした。

39話「アナログレコード」

今や若い人たちには「みた事がない」「どうやって再生するのか知らない」とも言われるLPやEPのディスク。ワタクシは音楽を聴くと言うと、これらを買うか借りるか、FM放送をカセットテープに録音(カッコよくエアチェックと言ってました)していた世代なので、CDの時代になっても、この習慣は変わりませんでした。

21世紀になって、ハイレゾがブームですが、CDに入っていない非可聴域の周波数がこれらアナログ盤には入っていたということは、既に20世紀はハイレゾの時代だったという事ですね。