42話 小学校の思い出 3

田舎ならではの広大な敷地には、400mトラック・サッカーコートを備えた運動場、プールは勿論、変わったところでは、交通安全教育施設(数十台の自転車と小型の自動車教習校みたいな道路レイアウト・信号機・模擬踏切・模擬バス停がありました)、野外教育施設(小型のキャンプ場)、植物園(温室や畑・林)、動物飼育施設(鶏舎・ウサギ舎・水生動物観察池)もあり、小さな町並みでしたね。
今では見られない焼却炉も、4基並んで校庭の百葉箱近くにあって、冬はゴミ出しついでに暖を取ったりしていました。

41話 小学校の思い出 2

校舎群以外には、
校長室・職員室・放送室・印刷室・用務員室などが入る木造平家の本館、明治期建築と思しき60畳の木造家庭科室1棟、図書室・理科室・理科準備室棟、これと繋がった給食準備棟、2階建プレハブの部活棟兼体育器具庫がありました。家庭科室の押し入れに、石炭を入れて使うアイロンを見つけて驚いたものです。因みに、家庭科室にはガス配管がないので、調理実習は理科室で行ってました。

理科室については思い入れが強いので、のちにじっくりと語らせていただきたいです。


また、ワタクシが通学していた時には、体育館は無く、代わりに講堂という、大正時代建築の劇場みたいな建物がありました。大きな教会みたいな板張りの建物で、木製の長椅子が数十脚並んでおり、2階後方に固定客席約40。雨天時に体育の授業の際、長椅子を皆で後方に積み上げて場を作っておりました。

40話 小学校の思い出

ワタクシが小学生の頃は、愛知県の知多半島に住んでいて、そこそこな規模の地方都市にある学校に片道2キロを、毎日徒歩で通っておりました。
時は1970年代。その小学校は、1学級45人前後、これが各学年8つ、それが1から6年生まであるから、全校児童数2200人くらいいました。
敷地面積も広大で、1年生の木造平家校舎は昭和戦前期建築で2棟、2-3年生の鉄筋コンクリート4階建て校舎は昭和40年代建築で2棟、4-5年生の木造2階建校舎は大正時代建築で2棟、6年生の鉄筋コンクリート4階建校舎1棟は、図書館・理科室・音楽室・視聴覚室併設で昭和40年代建築でした。